日本EC最新事例2025:無印良品
- あゆみ 佐藤
- 1 日前
- 読了時間: 13分
1. 無印良品のビジネス背景とオムニチャネル戦略の必然性
1.1 実店舗中心のビジネスモデルと成長課題
無印良品を運営する良品計画は、2016年2月時点で国内直営店を312店舗展開し、売上の約9割を実店舗が占める、典型的な「実店舗中心型」ビジネスモデルの企業でした。データで越境者に寄り添うメディア データのじかん
オムニチャネル化が課題となった背景には、次のようなポイントがあります。
顧客行動の多様化と把握の難しさ
実店舗での購入、ECサイトでの商品検索・購入、スマホアプリでの情報収集など、顧客は複数のタッチポイントを行き来するようになった一方で、企業側ではそれらを統合して把握できていませんでした。
チャネル間の情報分断
実店舗のPOSデータとECサイトのデータが別管理で、同一顧客の全体像(どのチャネルで、どのように無印良品と接点を持っているか)が見えにくい状況でした。
エリアマネージャーによるデータ活用の難しさ
数千万件規模の顧客データが存在するにもかかわらず、従来の分析ツールは機能が多く操作も複雑で、ITの専門家ではないエリアマネージャーや現場スタッフが日常的に使える状態ではありませんでした。データで越境者に寄り添うメディア データのじかん
1.2 創業以来の「顧客の声を商品開発に活かす」経営哲学とデジタル化
良品計画は創業当時から一貫して、「顧客の声を商品開発に活かす」姿勢を企業文化として根付かせてきました。データで越境者に寄り添うメディア データのじかん+1
そのため、経営の関心は単なる「売上拡大」ではなく、「いかに顧客とのコミュニケーションを継続し、その声を商品開発や店舗経営、サービス設計の意思決定に反映させるか」という点に置かれてきました。この文化的土壌があったからこそ、スマートフォンアプリ「MUJI passport」のようなオムニチャネル基盤の導入にも前向きで、デジタルを「顧客との対話を深めるための手段」として位置付けることができたと言えます。データで越境者に寄り添うメディア データのじかん+1
2. MUJI passport の開発経緯と機能設計
2.1 2013年5月のローンチと初期機能
MUJI passport は2013年5月15日にサービス提供を開始しました。プレスリリース・ニュースリリース配信シェアNo.1|PR TIMESリリースから約1年後の2014年8月時点で、約213万ダウンロード、延べ1,300万回利用という急速な普及を達成しています。良品計画+1
当初から実装されていた主な機能は以下の通りです。プレスリリース・ニュースリリース配信シェアNo.1|PR TIMES+1
会員証機能・MUJIマイル付与
アプリ画面を店頭レジで提示すると、「MUJIマイル」が付与される
購入金額1円につき1マイルが貯まり、2万マイルを200ポイント(=200円相当のMUJIショッピングポイント)に交換可能
チェックイン機能
店舗来店時にアプリでチェックインすることでマイルが貯まる
購買に限らず「来店そのもの」をインセンティブ設計に組み込むことで、新規来店やリピート来店を促進
購入履歴の一元管理
店舗とネットストアでの購入履歴をアプリ上で確認可能
顧客自身が「いつ・どこで・何を買ったか」をチャネル横断で振り返ることができる
こうした機能により、MUJI passportは当初から**「デジタル会員証+購買履歴ハブ」**として設計されていたことがわかります。EBISUMART+1
2.2 2014年8月のリニューアルと機能拡張
2014年8月20日、MUJI passport は大幅なリニューアルを行い、「ビッグデータ活用によるパーソナライズ化」を打ち出しました。良品計画+1
このタイミングで追加・強化された主な機能は次の通りです。良品計画+1
パーソナライズされたレコメンド配信
店舗での購買履歴、ネットストアでの閲覧履歴、チェックイン履歴などのデータを統合し、個々の顧客の嗜好に合わせた「おすすめ情報」をプッシュ通知で配信。
配送状況の通知機能
ネットストアで購入した商品の配送状況をアプリで随時確認可能。
受け取り準備タイミングが把握しやすくなり、購買後の体験を補完。
お気に入り商品の値下げ通知
ウィッシュリスト(お気に入り)に登録した商品が値下げされた際に通知。
「欲しいと思っていた商品」が買い時になった瞬間を逃さず案内することで、購買転換率を高める設計。
ニュース・キャンペーン配信
新商品情報やキャンペーン情報をアプリに配信。
一斉配信だけでなく、行動データに基づき関連性の高い情報を届ける方向に進化。
3. 顧客体験の向上:ポイント共通化と一元管理
3.1 オムニチャネルポイント制度の仕組み
MUJI passport が実現した顧客体験上の大きな価値は、実店舗とECサイトでのポイント(マイル)共通化です。W2ソリューション+2インターファクトリー+2
代表的な仕組みは次の通りです。
チャネル | ポイント(マイル)付与 | 主な利用方法 |
実店舗レジ | 1円=1マイル(アプリ会員証提示) | マイルをショッピングポイントに交換し、実店舗・ネットストアで利用 |
ECサイト | 1円=1マイル(会員として購入) | 同上 |
共通交換ルール:20,000マイル=200ポイント(200円相当)
利用チャネル:実店舗・ネットストアの両方で1ポイント=1円として利用可能
この設計により、顧客は「どのチャネルで買っても、同じルールでマイルが貯まり、同じように使える」という、公平でわかりやすい体験を得られるようになっています。W2ソリューション+1
3.2 店頭レジでの高い提示率(約3割)
MUJI passport の浸透度を示す代表的な指標が、店頭レジでのアプリ提示率です。
インターファクトリーの事例紹介によると、2023年8月時点で、日本国内の店頭レジにおいて10人中3人がMUJI passportを提示しているとされています。インターファクトリー
この高い提示率を支えた要因として、次のような点が挙げられます。インターファクトリー+1
紙ポイントカードからデジタルへの移行による利便性向上
無印良品関連サービス全体(実店舗・ネットストアなど)でのマイル・ポイント統合
アプリ限定クーポンや誕生日特典、キャンペーン情報など、「アプリを使う理由」の継続的な訴求
3.3 在庫情報と店舗受け取り機能
MUJI passport とネットストアは、在庫・受け取り体験の面でも顧客の意思決定を後押ししています。
店舗在庫確認機能
商品ページから、各店舗の在庫状況を確認可能
「行く前に在庫があるか」を事前にチェックできるため、来店の無駄足を減らせる
ネット注文・店舗受け取りサービス
ネットストアで24時間いつでも注文し、指定店舗で受け取り
店舗受け取りのため配送料がかからない
店頭で受け取り前に商品の状態確認や試着ができる
このように、「ECの品揃え」×「店舗の利便性(試せる・すぐ受け取れる)」を組み合わせた体験が、MUJI passport とネットストアの連携で実現されています。無印良品+2無印良品+2
4. 企業側のメリット:顧客行動の可視化と経営判断の高度化
4.1 数千万件規模のデータから見える顧客像
MUJI passport に蓄積される顧客データは、単なる「購入金額」ではなく、以下のような詳細な行動データを含みます。
店舗チェックインの位置情報(いつ・どの店舗を訪れたか)
購入商品(何を・いつ・いくらで購入したか)
ECでの閲覧履歴(どの商品をどの程度の時間検討したか)
プッシュ通知への反応(どの通知がどのくらい開封・クリックされたか)
これらを統合して分析することで、良品計画は顧客行動の可視化を実現し、商圏分析や店舗戦略、プロモーション設計に生かしています。データで越境者に寄り添うメディア データのじかん
4.2 BIツール導入による現場レベルでのデータ活用
こうした膨大なデータを現場でも活用できるようにするため、良品計画はエリアマネージャーや店舗開発担当者でも使えるBIツールを導入しました。
濱野氏は、従来の分析ツールについて「機能が多く、操作も難しいため、ITの専門家ではないエリアマネージャーが日常的に使うことができなかった」と振り返っています。
BIツール導入後は、以下のような分析を感覚ではなくデータに基づいて行えるようになりました。データで越境者に寄り添うメディア データのじかん+1
商圏分析:「どんな顧客が」「どれくらいの範囲から」「どの程度の密度」で来店しているか
新規出店判断:新規店舗出店が既存店売上に与える影響を事前にシミュレーション
顧客属性分析:年代別、購入頻度別、カテゴリ別など、細分化された顧客像の把握
4.3 「顧客時間」という新たなKPI
MUJI passport 導入後、良品計画は「顧客時間」という概念を重視するようになりました。
従来は、主に「来店時の売上」がKPIでしたが、現在は以下のような無印良品を想起している時間全体を「顧客時間」として捉えています。
購入前:アプリでの閲覧、SNS上での情報接触
購入時:実店舗・ECサイトでの実際の購入行動
購入後:配送通知、レビュー投稿、SNSでの共有・推奨
この視点により、マーケティングは「一回の売上最大化」から「顧客ライフタイムバリュー(LTV)最大化」へと軸足を移し、長期的な関係構築を志向するKPI設計へと進化しています。データで越境者に寄り添うメディア データのじかん
5. MUJI passport Pay の導入とキャッシュレス化
5.1 2020年11月の非接触決済サービス導入
MUJI passport の進化はとどまらず、2020年11月30日には非接触型オンライン決済サービス「MUJI passport Pay」が導入されました。デジタルシフトタイムズ+4良品計画+4良品計画+4
主な特徴は次の通りです。
アプリ内にクレジットカード情報を事前登録
クレジットカードそのものが不要になるのではなく、レジでカードを取り出さず、アプリ上のバーコード提示だけで決済できる 点がポイントです。
キャッシュレス・カードレスな店舗決済
アプリの支払い用バーコードを提示するだけで精算。
現金授受やクレジットカード処理が不要になり、レジ接触や待ち時間を削減。
マイルの自動付与
決済と同時にMUJIマイルが自動で付与される仕組みを実現。
当初は日本国内162店舗からスタートし、その後対象店舗を拡大しています。良品計画+2プレスリリース・ニュースリリース配信シェアNo.1|PR TIMES+2
5.2 「スーパーアプリ」的機能統合による体験の簡素化
MUJI passport Pay によって、従来は
「クレジットカードの提示 → 支払い → ポイントカード(またはアプリ)提示 → マイル付与」
という複数ステップだったレジ処理が、
「アプリを開く → 決済バーコードを提示 → 決済とマイル付与が同時に完了」
というワンステップ体験に統合されました。良品計画+2Impress Watch+2
これにより、
レジ業務の効率化
決済ミスやポイント付与漏れの減少
コロナ禍における対面接触の低減
など、店舗運営と顧客満足の両面でメリットが生まれています。
6. ダウンロード数・利用者数の推移
6.1 急速な成長を示す利用者数
公表されている主な数字を時系列で整理すると、MUJI passport(現 MUJIアプリ)の成長ぶりがより明確になります。
2013年5月〜2014年8月
約213万ダウンロード、延べ1,300万回利用。良品計画+1
2017年3月時点
ユーザー数 約530万人(アプリを通じて数千万件規模の行動データが蓄積)。データで越境者に寄り添うメディア データのじかん+1
2021年8月末時点
累計ダウンロード数 2,451万(国内)。W2ソリューション+2みらいワークス+2
2023年8月期末(日本国内)
年間アクティブユーザー数 1,369万人。New Relic+2インターファクトリー+2
2024年8月期(日本国内)
年間アクティブユーザー数 1,569万人。良品計画+2良品計画+2
2025年8月期(日本国内)
年間アクティブユーザー数 1,750万人。良品計画
元の原稿では「2025年現在 530万人」と記載されていましたが、530万人は2017年前後の数値であり、2023〜2025年のアクティブユーザー数は上記の通り1,300万〜1,700万規模に成長している点が重要です。
6.2 海外展開による基盤拡大
MUJI passport(および後継のMUJIアプリ)は、日本国内だけでなく、中国・台湾・韓国・香港などを含む11の国・地域で展開されているとされています。TRYETING Inc.(トライエッティング)+3アプリ開発・運用・分析をクラウドで実現するYappli(ヤプリ)+3MILブログ|インタラクティブ動画(触れる動画)に関する全て+3
2021年時点では、国内ダウンロード2,451万に対し、世界全体では約5,929万ダウンロードに達しているという報告もあり、アジアを中心としたグローバルなオムニチャネル事例として位置付けられています。MILブログ|インタラクティブ動画(触れる動画)に関する全て+1
7. 業界への示唆とベストプラクティス
7.1 「顧客中心設計」の重要性
MUJI passport の最大の特徴は、機能の多さそのものではなく、「顧客の利便性と公平性」を起点に設計されている点です。EBISUMART+2aiship.jp+2
ポイント・マイル共通化によるチャネル間の公平性
在庫情報・店舗受け取りサービスによる購入判断のしやすさ
決済とポイント付与を統合したシンプルなレジ体験
といった具体的な設計を通じて、「企業の都合ではなく顧客中心」のオムニチャネルの姿を体現しています。
7.2 現場スタッフの育成とデータ民主化
MUJI passport とBIツールの導入により、良品計画が実現したのは、経営層だけでなく、エリアマネージャーや現場スタッフまでを含めた「データ活用の民主化」です。データで越境者に寄り添うメディア データのじかん+1
これは単なるテクノロジー導入ではなく、
「感覚」中心だった商圏管理を「データドリブン」に転換する
顧客の見え方(顧客時間)を組織共通の言語にする
といった組織文化の変革を伴う取り組みであり、日本企業のオムニチャネル化において最も参考になるポイントのひとつといえます。
7.3 段階的な機能拡張によるリスク低減
MUJI passport は、
2013年:会員証・マイル・チェックインなど基本機能
2014年:ビッグデータ活用によるレコメンド・通知機能
2020年:MUJI passport Pay による決済連携
というように、段階的に機能を拡張してきました。MarkeZine+2良品計画+2
一度に全てを実装するのではなく、
顧客にとっての価値が高いユースケースから実装
データがたまった段階で高度な分析・パーソナライズへ進める
次に決済など高い信頼性が求められる領域に拡張
というステップを踏んだことで、技術リスクを抑えつつ、顧客体験とビジネス価値を両立させている点は、他社にとっても有用な示唆となります。
8. 今後の展開と展望
2025年5月には、良品計画がMUJI passport を全面的にリニューアルし、アプリ名称を「MUJI アプリ」に変更するとともに、新たな会員プログラム「MUJI GOOD PROGRAM」を開始することが発表されています。良品計画+3良品計画+3無料で使えるマーケティングオートメーション「BowNow(バウナウ)」+3
このリニューアルでは、
マイルからポイントへの整理
会計時のポイント付与・寄付機能の強化
生活者の「感じ良い暮らし」に寄り添うレコメンド
などが予定されており、オムニチャネル戦略は今後も継続して深化すると考えられます。
加えて、業界全体のトレンドや良品計画のDX方針から、MUJIアプリについても今後、
さらなるAI・機械学習を用いたパーソナライズの高度化みらいワークス+1
サブスクリプション型サービスや定期配送との連携強化
といった方向性が可能性として考えられますが、これらは現時点では一般的な予測であり、公式に具体策が公表されているわけではありません。
総括
MUJI passport(および後継のMUJIアプリ)は、実店舗中心の小売企業がオムニチャネル戦略を成功させた、日本を代表する事例です。
本質的な成功要因は、単なる「アプリの導入」ではなく、
顧客情報と購買データの一元管理
エリアマネージャーを含む現場レベルでのデータ活用(データ民主化)
顧客時間という視点に立った長期的な関係構築
を通じて、組織全体を「チャネル起点」から「顧客起点」へと転換したことにあります。データで越境者に寄り添うメディア データのじかん+2EBISUMART+2
この事例は、日本の小売・EC業界において、オムニチャネルとは単なるシステム導入ではなく、組織文化の変革と現場スタッフの能力開発を同時に進める長期的な取り組みであることを示しており、今後の日本型オムニチャネル戦略を考える上での重要なリファレンスとなり続けるはずです。



























